「ヒロシマ」と「火垂るの墓」をみました

  どこにも出かけたくないほど暑い土曜日です。洗濯機を三回まわしてもまだ乾くほどの天気。仕方なく、ベランダで子供達を行水させました。

 昨日の夜は、TBSの「ヒロシマ」と「火垂るの墓」をみました。何度みても「火垂るの墓」は泣いてしまうのですが、「ヒロシマ」をみながら一年生の娘が「なぜ」「なぜ」を連発してくるので、困りました。2つの番組をみながら、彼女は何回なぜを発したことか。そして、それにうまく答えられない42の私。ヒロシマについては、先週訳書が出たことを知った米山リサさんの『ヒロシマ 記憶のポリティクス』という本を読んで以来、いろいろ考えたことはあるものの、それを小学生の娘との会話で使うことには無理があるのはもちろんのことですが、60年前の出来事をその直接の被害者でも加害者でもない私がどのように娘にリレーするのか・・・。そもそも、個人レベルのはなしではないわけすが、原爆だけでなく、それを取り巻く大きなHistoriesと、様々なhistories、それを戦後どうリレーしてきたのかという問題には、まさに記憶の政治学的な側面は無視できないことは分かりますが・・・。あれから60年目の今日、別に気負っているわけではありませんが、どのように娘にそのあたりをリレーするのか宿題かもしれません。でも、私は父親からどのようにリレーされているのか、あまり覚えてないなぁ。

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by the-third-blog | 2005-08-06 16:30 | 二人の娘