茨木のり子さんの詩 「汲む」

 10月に入り雨が続いていますが、本業の方が忙しくなり更新が出来ないままでした。とはいっても、特別なことが身の回りでおこったわけでもなく、繰り返しの毎日に埋没寸前の日々でありました。『24』のシーズンⅤをみたり、ベランダの植木を実家に預かってもらったり、子供のうんていの練習に付き合ったり、スーパーで新しい豆腐を買ってみたり・・・・何とかかんとか埋没しないでいられるのも、このブログも含めて見える形/見えない形で私と繋がっている人のお陰であることを、改めて感じています。毎日の小さな出来事に馴れきってしまわないように、敏感なアンテナをもっていたいものです。

 このブログのタンゴルソンニムでもあるmadrayさんの好きな詩人茨木のり子さんの詩集に、今日の気分にあったものがありましたので紹介させていただきます。



   汲 む    Y・Yに          茨木のり子


      大人になるというのは
      すれっからしになることだと
      思い込んでいた少女の頃
      立ち振る舞いの美しい
      発音の正確な
      素適な女のひとと会いました

      その人は私の背伸びをみすかしたかのように
      なにげない話に言いました

      初々しさが大切なの
      人に対しても世の中に対しても
      人を人とおもわなくなったとき
      堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
      隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

      私はどきんとし
      そして深く悟りました

      大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
      ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
      失語症 なめらかでないしぐさ
      子供の悪態にさえ傷ついてしまう
      頼りない生牡蠣(なまがき)うな感受性
      それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
      年老いても咲きたての薔薇  柔らかく
      外に向かってひらかれるのこそ難しい
      あらゆる仕事
      すべてのいい仕事の核には
      震える弱いアンテナが隠されている  きっと・・・・・
      わたしもかつてあの人とおなじくらいの年になりました
      たちかえり
      今もときどきその意味を
      ひっそり汲むことがあるのです


 
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by the-third-blog | 2006-10-05 21:25 | エンドレスな日常