一人生活 五日目または62回目の終戦記念日

 本当に暑い日が続いています。昼に暑いのは仕方ないにしても、夜になっても30度あるというのは正常ではありません。まるで蒸し風呂の中にいるようです。

  メディアは一日中62回目の終戦記念日関係のことを報道していたようですが、私は毎年恒例の「リビングと廊下」のワックスがけをしていました。この暑さなので比較的早く乾いてくれましたが、万遍なく塗るのはなかなか大変です。どうしても塗り斑がでてしまいます。汗もたれるし、腰と膝が痛くなるしで・・・・・。でも、チビさんたちがいたらこの作業はできませんからね。

  終戦記念日関係の報道を聞いていて感じたことが一つ。いろいろな番組があったのでしょうが、私がテレビをつけていた午前と夕方のものは両方ともに特攻隊の人たちをとりあげていました。また8/15が何の日かわからないという若者も映し出していました。どうもテーマは、戦争をどう記憶してかつどう伝えるかということらしいのですが、私と同世代の40前後の戦後世代がその次の戦後世代にどのように伝えているのか、または伝えられていないか、伝えるのがいかに難しいか・・・過去を風化させないようにするには・・・・。確かに忘却の穴に入り込んでしまう危険性を指摘するのは重要なことでしょう。慰安婦問題などでも、「資料がないからそのような事実もない」式の話が出てきているのを聞くこともあり、あの戦争をどういう立場からどう解釈するかというのは、過去を現在においてどう見るのかという点において、常に「今」の問題なのでしょう。でも文字や映像・音声としての残る「過去」と、そのような媒体としては残らない過去があったり、たとえ前者の何らかの媒体として残った過去にしても、現在から切り離して純粋な過去を抽出することができない以上(つまり過去は常に現在からのフィルターを通した過去なのだから)、事実を事実としてとか、過去を過去としてとか言っている人は、どうも過去を価値中立的な位置から、性・民族・階層など我々が否応なく埋め込まれている違いに目をつぶって、普遍的な位置から過去を眺めているような感じがしてなりませんでした。

  そんな私も、一等兵が「原爆落としたアメリカが悪いよね」といったことから、どう話をつなげていけるのかというと、なかなか難しいことが先週ありました。とりあえず、毎年、娘たちと今後どう対話していけるのか、このブログでもちよっとは綴れればとおもいます。
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by the-third-blog | 2007-08-15 23:59 | エンドレスな日常