父の引退予定宣言

今日は長女の保育園最終日ともう一つ書くネタがあった。1929年生まれの75歳の父の引退予定発言である。いろいろな意味で、この父を越えることは難しいとおもう私ですが、チビ孫の方が小学生になることに商売やめようかと一言。しかも、所有するアパートの手すりのペンキ塗りをしながらポツリと。今も、毎日4時30分にめを覚まし、午後一-1時までは仕事をしている。名目上は代表取締役であるが、社員5人の小さな有限会社で社員より働く社長を自負している。これまで仕事を休んだといえば、機械で怪我して一ヶ月入院を余儀なくされたときぐらい。自分では、貧乏暇なしといっているが、兄と私が人生二度やってあわせた収入でも追いつけないぐらいは稼いでいる。親しい友人がポツリポツリとなくなり、勤め人の友人はとっくにリタイアしていることとも間接的には関係あるだろう。まだ仕事をしていない自身をイメージできないようでもある。一生現役である必要はないだろう。ただ、私も同じく父のリタイア後の姿をイメージできない。今も、娘たちのお迎えは世話になっているので、頭が上がらないが、何か今日は年度末であると同時に、二つの「区切り」にかかわることがあった。まあ、リタイアしたなら、一度じっくりと父のライフヒストリーをじっくりと聞いて文字にしたいと考えてはいる。これまで幾度となくトライしては中途半端におわっていたから。考えてみれば、父の人生について知っているのは非常に限られた部分。例えば、戦前の生活、玉音放送をどこで聞いたのか、戦後の生活はどうだったか。どのような下積生活をへて仕事を立ち上げたのか。浮気はしたことあるのか。リタイアしたらちょっとは違ったところから親子関係を見れるかも知れない。と思いつつきょうはこの辺で。
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by the-third-blog | 2005-03-31 23:16 | 二人の娘

長女の保育園最終日

一歳児クラス通い始めた保育園の最終日です。次女があと三年通うのでまだお世話になる日々は続くのですが、それでも最終日は何か特別な感情がこみ上げてくるような・・・・・。まだ、歩き始めて数ヶ月、言葉によるコミュニケーションもままならかったチビッ子がこんなになるとはねぇ。毎晩早く寝かすのと、朝起こすのは今も苦労するけど、今日はとてもうれしい一日になりそうです。続きは帰宅後。

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帰りました。本当の卒園式は3月6日だったのに、保育園の場合は月末まで通園可能のため、二度卒園式がきたような錯覚に。長女にとってだけでなく両親にとっても、いろいろな意味で楽しく過ごせた有意義な保育園生活でありました。先生方、友達、親同士の飲み会など、横のネットワークのようなものが、ちょっとした忘年会から生まれ、新年会・バーベキュー・餃子パーティーと、保育園の外でも中でもいい関係がつくれたことが大きいようです。

まだ6歳と3歳なのでそれなりに懐いていますが、いつの日か「うるさい」「くさい」とか言う日が来るのかもしれませんね。そのときまでこのブログが続いていれば、「ボブサップvs曙」戦には負けない「父vs娘」戦をお届けできるかも知れません。
とりあえず、今日は一人娘の成長に感謝する一日でありました。
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by the-third-blog | 2005-03-31 06:34

マンションライフ  その1

大学入ってから下宿生活をスタートして、その後実家で暮らしたのは一年半だから、人生の半分以上は実家以外で生きてきたことになる。結婚して三年は、埼玉と東京の境で賃貸ぐらし。長女が生まれるのを契機に、築15年の中古マンションを購入。借入金の500万は3年で完済して、次女が生まれるのを契機に今度は築3年の中古マンションを購入。前のマンションは売って借入金を抑えようとおもい査定してもらったら、なんと1000万も目減り。仕方なく手放さずに賃貸にしたのが、後々考えると当たりでした。と、こんなこと書かんでもいいですね。とにかく家族ができてからマンションライフが始まり、マンション暦7年目であります。第一号マンションは60世帯で、現マンションが70世帯ですが、前者は居住オーナーが一桁しかいません。現マンションは半分以上いるようですが正確な数は分かりません。先日も記事で書いたように、昨日は第一号マンションの総会でありました。出席者は7名しかいませんでしたが、総会からこのマンションに暮らす方々の様々な人生模様を知ることができます。

 マンションネタは今後書き溜めたいおもうので、今日はとりあえず書いてみたい項目の設定でとどめたいとおもいます。

  ① 総会で問題となる人々編
  ② 総会でのバトル編
  ③ 管理人さん編
  ④ マンション内の派閥編
  ⑤ 管理組合の財産編
  ⑥ マンションライフからみる社会・文化

 いま頭に浮かんだのがこの六つです。また、マンションライフについていろいろと意見交換できればとも考えています。これまで書いたものとのバランスが悪いとはおもいつつ、私の独り言には未だ書き込み2ということもあり、書き込みしやすいカテゴリーとしてこの度設定いたしました。よろしくお願いいたします。
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by the-third-blog | 2005-03-30 13:09 | その他

気になる小冊子

今年になってから駅や道端、食堂などでよく見かける『R25』という雑誌。硬いところと柔らかいところがバランスよく構成されていて、トレンディー情報から有名人へのインタビューまで、これまでにないような情報誌で、電車の中の時間つぶしには最適・・・でもついつい家に持ち帰ってしまうのは私だけではないのでは。

 今日はマンションの総会でした。うーん、疲れたけど、非常に奇妙で刺激的でかみ合わない討論がおもしろかった。いずれにしてもマンションライフは、いずれ詳しく書くぞと、再確認いたしまして、今日はおやすみなさい。
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by the-third-blog | 2005-03-29 22:57 | 二人の娘

一年前のソウルで・・・

昨年の二月から三月にかけて、二泊三日でソウルに行きました。留学した時にお世話になった方の奥さんがなくなられたこともあり、仕事で葬式にはいけなかったので時間のできた二月に行ったのです。今日は、その時のお話。ここに書いておかないと、多分永久に私の頭の中にあっていつか風化しそうだったので・・・ということと、前回の変わる町並みについて書いていて、「変わる町並み」というタイトルなら、近所のことよりソウル体験の方が良いかもと、ふとおもったのでした。

 亡くなられた奥さん(韓国ではサモ二ムといっていた)はまだ60ちょっと過ぎたばかりで、留学を終えたら東京案内を約束していて、その人の長男夫婦の新婚旅行や長女・次男が東京に来たときなどは案内したので、近いうちに是非といつも電話では話していました。でもそれが叶わぬ事になってしまった・・・せめてお悔やみにだけは行こうと。二月のソウルはまだ寒く、インチョンの方に新空港ができて、ソウルへのアクセスはちょっと不便になったような気がしましたが、空港から一時間ちょっとで、Pさんの自宅近くの最寄り駅に到着。

駅からは歩いて10分くらい。しかし案の定迷ってしまいました。前回訪れたのが3年前くらい。駅からPさんの家の方角の風景が大変身。こんもりとした丘の斜面に建てられた小さな家々は一掃されて15階建てのマンションが数棟建てられていました。一年こないと分からなくなると90年代にも言われていましたが、それは10年経ったいまでも言える事のようです。迷ってはいましたが、方向には自信があったので歩いていると、偶然にも知り合いに。そして、無事Pさん宅に到着。クリスチャンに限らず、仏壇のようなものを置く文化はなく、ただ遺影の前でチョルをして、香典を手渡し、しんみりと故人についての話になりました。その晩は、Pさんの息子二人・娘それぞれの家族が集まり、総勢15名くらいで食事に。半年前に遠い親戚がオープンしたというカルククス(あえて言えばうどん)の店での賑やかな食事に。亡くなられて三ヶ月が過ぎようとしていたこともあり、しんみりとした雰囲気ではなかったようです。ちなみに、故人は韓国では土葬するのが通常の埋葬ですが、門中の老人たちの話し合いで、火葬となったことを後で長女の人から知らされた。主として土地問題があるとのことだ。このケースでは、土葬から火葬への変化が突出した問題として話し合われたようなことはなかったそうだ。儒教云々という後説明がよくされるが、意外とドラステックに変わるのかも知れないと感じもした。

 食事を終えて、店から帰る道を歩きながら73歳になるPさんが話しかけてきました。「君が初めてこの道をあるいたのは、いつかね?」の質問に、 「1984年の8月で、まだ大学生でした」と私。ずいぶんと変わったかね?と問われ、躊躇することなく「はい」と答えた。「でも私が、子どものころからすれば、1984でも随分と変わったとおもうけど、最近の変わり方は山一つ変わるようだからね。もう変化の変化の連続で、変化を変化とおもえないよ」と。一日一日では感じられない変化だけど、一年で感じるようになったり、10年で、20年で、また違う変化の表情があるというこではなく、変化することが常態となり、前近代から近代、現代というような一直線上に変化を語る語り方への疑問なのかともおもった。

 ただ、翌日彼が通う教会の礼拝堂での話しの中では、「一日一日では見えてこないものがたくさんある。一日一日は取るに足らない退屈な時間の連続のように感じるときもある。でも、時の積み重ねの中で10年20年となると小さな歴史が見えてくる・・・・駅からこの教会への道のりも教会ができたときから比べれば別の世界の道のようですが、そんな大きな変化も感じないほどに一日にどっぷり浸かった生活をしていませんか・・・」と説教バージョンに変わっていた。

 日本でも韓国でも、このような変化をめぐる状況は変わりないとおもうのだが、この歴史とか文化という現象/世界の切り取り方というか、見方というのは、かなり多様であるはず。それがどこかでスーパージャンプ(飛躍して)一枚岩的な他者像にがんじがらめになるのはなぜなのか。ただいえるのは、歴史とは単なる日々の積み重ねではないという、中途半端な結論をソウルから戻ったときに感じていました。終わり
 
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by the-third-blog | 2005-03-29 15:40 | DVD感想・ブログの旅

変わりゆく町並み

前回の記事はちょっと脱線。ある方のブログをちょっと私風にアレンジしてと考えたのですが、素人では出来ません。軌道修正します。

地下鉄の駅とJRの駅の間にある我が家というか、私の住むマンション(ローンもあと30年ある)ですが、越してきて4年目の春であります。駅から近いので便利な点は買って後悔はありません。ただ、都会のマンションライフということで、ほとんど交流はなし。隣のおばさんと、ようやく長女が小学校にあがるため、子どもを媒介としたおつきあい程度。いつかマンションライフについて書きたいと思うのですが、今日は他の話題でてきます。三年経つと近所もいろいろと変わってきます。この三年でどのようなお店が消え、どのようなお店ができたか、400mくらいの通りに面するお店の栄枯盛衰をまとめます。

 まず、何が増えたか。一位はやはりコンビニです。それまで、一軒しかなかったのですが、6軒も増えました。実際は7件なのですがこの三年のうちに撤退したためカウントしてません。おもしろいことに、その半分の3軒は銀行店舗のあとに一階を間借りするように進出しています。二位はラーメン店で5軒です。1軒は焼肉からの転業。その煽りで一店が淘汰され閉店しました。後三位は惣菜屋で二軒。引っ越してきてすぐに惣菜屋ができたたのですが、昨年パン屋が撤退して、総菜屋に。四位位というよりその他でまとめたほうがいい気がしますが、やはり食品関係が多いような気がします。コーヒーショップ(二軒)・飲み屋・松屋、釜揚げうどん屋、スパゲティー専門店。それと、レンタルビデオ屋、クリーニング店・小物店・パーマ屋もできました(もちろん無かったわけではなく新規参入店です)。わずか三年なのですが、いろいろと駅までのストリートを構成する店はゆっくりと変わっていきます。

 ではその影で姿を消した店は・・・。羅列しますと、銀行・お好み焼き・裁縫関係の店・パン屋・呉服屋・寝具店・小規模な100円ショップ・コンビニ・ラーメン店・銀行などです。

 私の生活圏との関連で恣意的に切り取った空間での出来事ですのであまり意味のあることではないのですが、何も考えずボーっと通勤ストリートを振り返ると、確実に変化しています。一つの店が出来上がる、または消えて行く中でいろいろなストーリーが展開しているのでしょうが、一年後・二年後また報告できたらとおもいます。




 
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by the-third-blog | 2005-03-29 14:00 | 二人の娘

ああ、今の心境はこんな感じ

今日は文字ではなく、写真で表現します
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そして
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More
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by the-third-blog | 2005-03-28 21:55

どなたか教えてください

ブログの素人です。エキサイトブログのところに他の人のブログのリンクをはりたいのですが、貼り方をどなたかお教えください。
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by the-third-blog | 2005-03-28 16:53 | 二人の娘

イトコ関係・・・「当たり前」が変わる?

「あなたにイトコは何人いますか?」 
私ならば、20人くらいと答える。母ならば30人以上と答えるだろう。少子化で兄妹も一人しかいないのが「当たり前」なのだから、イトコが減るのも当たり前だろう。二人の娘には、いまのところ二人のイトコしかいない。私も妻も二人兄妹。今後、片手を越えるイトコになるとは考えにくい。つまり、母から見れば、孫はその1/10しかイトコがいないのだ。家族の形も親戚関係、付き合いもかなり変わってきたようではあるが、何が具体的にどうかわったのかは、はっきり意識しているわけではない。ただ、親戚付き合いをめぐってそれぞれの「当たり前」がぶつかる時が無きにしも非ず。イトコの数が30人から20人に減るという変化と、20人から3人に減る変化が意味する内容も、かなり違うようにおもえる。家族の形や親戚付き合いに、原型や平均値のようなものがあるわけではなく、それぞれがかなり自分がって勝手にその場その場で「当たり前」を作り上げているような気がする。親がいくら自分の「当たり前」を押し付けようとしても、この激減の中で押し付け自体が難しくなっている。

  前回の記事の中で触れた「当たり前が崩れるとき」の例として、病気・失業・離婚・死別などを書いたように記憶しているが、これらはかなり意識されながら崩れる例かもしれない気がした。突然これまでの状況に外部からもたらされた変化が、いやおうなく「当たり前」をガツーンと叩くことで、何かが変わるような。でも、少子化がもたらす変化は、労働力の埋め合わせのために外国人労働者が必要とされ云々というような変化だけでなく、劇的には意識されないようなところで、けれども確実に起きているような気がする。来月、25歳になる私の最年少の従妹が結婚するのですが、そんなときに注意してみているとそのあたりがみえてくるかも知れません。
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by the-third-blog | 2005-03-28 03:35

土曜の午後

d0004574_13152492.jpg土曜日の午後。金曜日の夜から土曜日の午後にかけての時間帯が、一番ゆっくりできる時間かもしれない。ただ、相方(妻)は今日も休日出勤。ということは、二人の娘と朝食、掃除、洗濯、そしてお遊びと、こちらも仕事同様のヘビー、かつエンドレスな戦いのようだ。長女6歳、次女3歳。言葉で通じないときは、ついつい手も出てしまう。男兄弟の間で育った私には、娘との距離のとり方は未知の世界で、いつも手探り状態だ。清水ちなみさんの『父親にはいえないこと』という本の事例研究のようなお話は頭の片隅にいつも引っ掛っていて、いい父親を演じているつもりが、いつのまに「いなくてもいい父」「どうでもいい父」と「いい」が変容していることのないようにしたいものだが。
 2歳までは、言葉の嚇しは通用しない。言葉は、本能でなく幼児には通用しない。3歳は少しばかり言語能力が向上して、「鬼来るぞ」「幽霊がきたよ」に反応する。姉妹げんかは毎日の日課ではあるが、姉が妹をしかるその口調は、父親母親そのものである。妹が、赤ちゃん人形を叱る時もまた同じく。DNAの問題ではなく、親子関係の伝言ゲームみたいなものを、子育てをしながら痛感している。言葉、言葉遣い、語彙といったことはもちろん、記憶のそこに沈殿してもう記憶/頭というよりは身体が覚えているようなところを、毎日の、このエンドレスの、退屈で、逃れようの無い親子のコミュニケーションが支配しいるような感覚。
  兵庫や長崎の小学生中学生が加害-被害関係になる事件をみるたびに、その辺りが気になる。もちろんより広い文脈との関連でみる必要性はあるとおもう一方で、とてもミクロな家族とか家庭の中での伝言ゲームの世界。外部からは見えにくいのは当たり前だが、当事者にも見えにくくなっている「当たり前の世界」が、事件の後いきなりスポットライトを当てられるのだが、それを言語化するとどうも嘘に聞こえてしまう。当たり前の世界は、崩れたときにその姿を現すから対応が難しいこともある。そそれぞれの当たり前が省みられるときとは、どのようなときなのか。病気になって、失業して、失恋して、離婚して、死に直面して・・・。でもそれらは、またいつか新しい「当たり前」に回収されるのか。回収しきれないものが、過去にならない過去なのか。
ニュースで見聞きする目を覆いたくなるような事件に接すると、開口一番「かわいそうに」と第三者の我々は被害者の立場に同化しようとする。凶悪事件を起こした加害者の立場・心情に同情、同化しようとするコメントはあまり聞かれない。被害者に同化してみるのが、当たり前となっているルール。誰が決めたのか分からない、ルール。ただ難易度から言えば、被害者より加害者の立場を想像してみる方が明らかに難しい。被害者-加害者という当事者と、それを見る第三者という配役は、もちろん交替可能。ただ、交替可能性を忘れてしまい、当たり前は当たり前としかみなくなっている自分が、娘を怒るときに「顔」を出す。自分の中の当たり前を問う、それが崩れる、また回収される。何かその繰り返しのような気がするが、偉そうに娘をしかる親である私自身、どこか当たり前に縛られ、押し付けているだけなのかも知れない。

  今日もどんよりと暗い記事となりましたが、「楽しい子育て日記」はあまり私の性に合いませんので悪しからず。アクセス、コメントが少なくてもこのトーンは基本かも知れません。嘘です。
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by the-third-blog | 2005-03-26 13:08