ああ、今の心境はこんな感じ

今日は文字ではなく、写真で表現します
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そして
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More
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# by the-third-blog | 2005-03-28 21:55

どなたか教えてください

ブログの素人です。エキサイトブログのところに他の人のブログのリンクをはりたいのですが、貼り方をどなたかお教えください。
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# by the-third-blog | 2005-03-28 16:53 | 二人の娘

イトコ関係・・・「当たり前」が変わる?

「あなたにイトコは何人いますか?」 
私ならば、20人くらいと答える。母ならば30人以上と答えるだろう。少子化で兄妹も一人しかいないのが「当たり前」なのだから、イトコが減るのも当たり前だろう。二人の娘には、いまのところ二人のイトコしかいない。私も妻も二人兄妹。今後、片手を越えるイトコになるとは考えにくい。つまり、母から見れば、孫はその1/10しかイトコがいないのだ。家族の形も親戚関係、付き合いもかなり変わってきたようではあるが、何が具体的にどうかわったのかは、はっきり意識しているわけではない。ただ、親戚付き合いをめぐってそれぞれの「当たり前」がぶつかる時が無きにしも非ず。イトコの数が30人から20人に減るという変化と、20人から3人に減る変化が意味する内容も、かなり違うようにおもえる。家族の形や親戚付き合いに、原型や平均値のようなものがあるわけではなく、それぞれがかなり自分がって勝手にその場その場で「当たり前」を作り上げているような気がする。親がいくら自分の「当たり前」を押し付けようとしても、この激減の中で押し付け自体が難しくなっている。

  前回の記事の中で触れた「当たり前が崩れるとき」の例として、病気・失業・離婚・死別などを書いたように記憶しているが、これらはかなり意識されながら崩れる例かもしれない気がした。突然これまでの状況に外部からもたらされた変化が、いやおうなく「当たり前」をガツーンと叩くことで、何かが変わるような。でも、少子化がもたらす変化は、労働力の埋め合わせのために外国人労働者が必要とされ云々というような変化だけでなく、劇的には意識されないようなところで、けれども確実に起きているような気がする。来月、25歳になる私の最年少の従妹が結婚するのですが、そんなときに注意してみているとそのあたりがみえてくるかも知れません。
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# by the-third-blog | 2005-03-28 03:35

土曜の午後

d0004574_13152492.jpg土曜日の午後。金曜日の夜から土曜日の午後にかけての時間帯が、一番ゆっくりできる時間かもしれない。ただ、相方(妻)は今日も休日出勤。ということは、二人の娘と朝食、掃除、洗濯、そしてお遊びと、こちらも仕事同様のヘビー、かつエンドレスな戦いのようだ。長女6歳、次女3歳。言葉で通じないときは、ついつい手も出てしまう。男兄弟の間で育った私には、娘との距離のとり方は未知の世界で、いつも手探り状態だ。清水ちなみさんの『父親にはいえないこと』という本の事例研究のようなお話は頭の片隅にいつも引っ掛っていて、いい父親を演じているつもりが、いつのまに「いなくてもいい父」「どうでもいい父」と「いい」が変容していることのないようにしたいものだが。
 2歳までは、言葉の嚇しは通用しない。言葉は、本能でなく幼児には通用しない。3歳は少しばかり言語能力が向上して、「鬼来るぞ」「幽霊がきたよ」に反応する。姉妹げんかは毎日の日課ではあるが、姉が妹をしかるその口調は、父親母親そのものである。妹が、赤ちゃん人形を叱る時もまた同じく。DNAの問題ではなく、親子関係の伝言ゲームみたいなものを、子育てをしながら痛感している。言葉、言葉遣い、語彙といったことはもちろん、記憶のそこに沈殿してもう記憶/頭というよりは身体が覚えているようなところを、毎日の、このエンドレスの、退屈で、逃れようの無い親子のコミュニケーションが支配しいるような感覚。
  兵庫や長崎の小学生中学生が加害-被害関係になる事件をみるたびに、その辺りが気になる。もちろんより広い文脈との関連でみる必要性はあるとおもう一方で、とてもミクロな家族とか家庭の中での伝言ゲームの世界。外部からは見えにくいのは当たり前だが、当事者にも見えにくくなっている「当たり前の世界」が、事件の後いきなりスポットライトを当てられるのだが、それを言語化するとどうも嘘に聞こえてしまう。当たり前の世界は、崩れたときにその姿を現すから対応が難しいこともある。そそれぞれの当たり前が省みられるときとは、どのようなときなのか。病気になって、失業して、失恋して、離婚して、死に直面して・・・。でもそれらは、またいつか新しい「当たり前」に回収されるのか。回収しきれないものが、過去にならない過去なのか。
ニュースで見聞きする目を覆いたくなるような事件に接すると、開口一番「かわいそうに」と第三者の我々は被害者の立場に同化しようとする。凶悪事件を起こした加害者の立場・心情に同情、同化しようとするコメントはあまり聞かれない。被害者に同化してみるのが、当たり前となっているルール。誰が決めたのか分からない、ルール。ただ難易度から言えば、被害者より加害者の立場を想像してみる方が明らかに難しい。被害者-加害者という当事者と、それを見る第三者という配役は、もちろん交替可能。ただ、交替可能性を忘れてしまい、当たり前は当たり前としかみなくなっている自分が、娘を怒るときに「顔」を出す。自分の中の当たり前を問う、それが崩れる、また回収される。何かその繰り返しのような気がするが、偉そうに娘をしかる親である私自身、どこか当たり前に縛られ、押し付けているだけなのかも知れない。

  今日もどんよりと暗い記事となりましたが、「楽しい子育て日記」はあまり私の性に合いませんので悪しからず。アクセス、コメントが少なくてもこのトーンは基本かも知れません。嘘です。
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# by the-third-blog | 2005-03-26 13:08

過去となった/過去にした過去

今日は、過去のお話。今日で、10回目の投稿ですが、早くもネタ切れ(というかネタをコツコツと探していない)状態で困っています。うと、見上げると一枚の写真が壁に。1977年の8月にとった写真です。当時私は14歳の中学二年生。夏休み一ヶ月間をあのイチローのホームグラウンドであるシアトルでホームステイというのを体験していました。写真には、そのホームステイ先の家族と、長男の友人が写っています。これまでの記事で書いたように、過去にならない過去でも、蘇る過去でもなく、どちらかというと過去になった過去です。この経験自体を語る相手も機会もほとんどないことが、過去が過去になり、このカテゴリーに落ち着いている要因かも知れません。その後、高校生のとき一ヶ月、大学生のときに三ヶ月お世話になり、向こうからも結婚式のときにきてくれたりして、今はときおりメールのやり取りをしています。その間、ホストファミリーの二人のお子さんは結婚、独立。お嬢さんはその後離婚、ご主人が癌で闘病生活と、かれこれ28年も関係を続けていると、あちらもこちらも様々な幸不幸に出会い、差異や共通点、理解と誤解、感動と惰性・・・とにかくいろいろな局面に接することができました。今もメール交換があるのに過去になったというのは不自然かも知れませんが、その頻度が低いこともあります。28年も対話におつきあいしてくれたことに感謝しつつ、その間の対話は英語のみでその点に関しては今も苛立ちを感じることがあるのですが、60になる護ご夫婦に日本語始めたらとは、もういえなくなってしまいました。彼らが私をホームステイさせてくれたのは、私が14のときで、彼らは33歳の夫婦でした。私は今年厄年です。一番最近交わしたメールの話題は、私には今外国から中学生をホームステイさせる余裕がないよといったことから始まった会話でした。何か、忙しいだけの毎日を送る今の自分と、コミュニティ・ボランティア・ホームステイの受け入れなどの活動をしていた28年前の33歳のアメリカ人夫婦を比べてしまいます。まだ、過去にしてはいけない過去なのかも知れません。今日は短めに終わります。

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# by the-third-blog | 2005-03-26 03:33 | DVD感想・ブログの旅

ブログの旅--韓国情報編その①

巷は韓流ブーム。そんなことが起こるとは露にも思えなかった14年前に二年間ほど韓国に滞在しまた。ソウルに一年、地方都市に一年。楽しくもあり、苦しくもあり。東京に戻ってからも、2000年くらいまでは毎年のように短期で訪れ、最後に行ったのは2003年3月。そして、昨晩ブログの中で韓国情報系のブログの旅へと。現在韓国に長期滞在しながらブログを書いている人、韓国に滞在経験のある人が回顧しながら日本で書いている人、韓国滞在の経験はないものの様々な情報の海を泳ぎつつ書いている人、それぞれの関心・立場・位置・関係から、それぞれの韓国sを垣間見てきました。この種のブログもまだまだありそうですが、とりあえず訪問したところを十数個挙げると、

コリアンドブログ
Doblog - 韓国的日々 -
クニャン カジャ~♪
サランヘヨ 韓国ドラマ
シ~ンナンダ、シンナンダ♪
ソウルに住む日本人主婦のひとり言
リヨンの「韓国留学日記」
日本で韓国随想
偽主婦生活~韓国人と同棲中~
国際結婚ヒトリゴト。
KOREA DAYS
韓国いいとこ一度といわず何度もおいで。
フットさるの気ままな韓国blog
初めまして韓国
@@猟奇的な映画情報局@@
韓国人KAYの日本語日記
corekwang ::::
さらんへ~
Where am I ?
韓国の男の子のリアルストーリー
21らむね生活in Seoul
22韓国のススメ~★ from: Seoul
23**だーりんは韓国人**
24今日も食べようキムチっ子クラブ
25Shinkorea@Cafe...
26韓流日記
27韓流中毒




  と旅先のみピックアップしていたらすでに25を越えていた。まだまだあるのに・・・。それは次回のお楽しみにして、それにしてもたくさんあります。実に様々な形で「韓国」とかかわり、それぞれの韓国が展開している様子が、ブログを通して読めるのですから、スタンドアロンか内輪の韓国ネタでおわっていた話がツナガルおもしろさがあります。それぞれが個性的であるのはもちろんですが、それぞれがそれぞれを参照しながら乱反射しているような感じです。まだ当分はこの乱反射状態が続くかもしれませんが、確実に韓国と日本の関係は14年前のそれとは違ってきているのを感じつつ、他方先日の竹島独島問題にみるような一連の出来事がある。ブログを通して14年前が蘇りつつ、また現在の中に蘇った過去は、そのままの過去ではありえない。現在から眺められ、整形された過去とでもいうべきか。そのまま蘇るのではなく、現在を参照しながら関連付けられた過去みたいな。

 また、朝のテレビであのヨンサマのHPでこの竹島独島問題について何か述べていたらしいが(詳しく記憶してないので書きません)、彼のブレインはかなり頭がいいようにおもえました。芸能人・タレント・スポーツ選手と政治・歴史問題、韓国を通して見えてくるこちら側の姿もやはり気になりますが、今日はこのへんで。






  
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# by the-third-blog | 2005-03-25 23:10

前回の続き、または本名宣言について

大和系日本人という言葉がもつ意味やその用法、使われる文脈など細かくみる必要はあるとおもうのですが、重要なのはどのようなネットワーク上でこの言葉が流通して、それにどのような人々がアクセスしてくるのかという点だとおもいます。前回は、娘の例で人間の分類の一つである◎◎人という民族カテゴリーについて触れましたが、娘を引き合いに出す前に自分はどうだったのか書くべきだったかもしれません。

 考えてみると、私も幼稚園のときに、Kワンヨンという名前の女の子が同じクラスにいました。面白い名前だったというくらいの記憶しか残っていません。その後は高校まで「日本人」の中に埋没していたような「日本人小宇宙空間」で育ち、時折朝鮮学校の生徒に関するフォークロアの世界の話を耳にする程度でした。そのときは、韓国も北朝鮮も一食譚でした。高校二年のときに、父親の仕事の関係できていた中国人と在日二世のP君がクラスメイトがいましたが、さほど親しくはならず、高校卒業後はそのときのクラスメイトの結婚式の二次会でP君とは会いました。名刺交換したときに彼が通名をもっている(高校時代は本名でした)ことを知り、その場で社会にでると必要なんだよと言っていたのを記憶していますが、今から思えば彼の説明の言葉に対する周りのリアクションは「・・・・・・・・」、言葉が見つからず数秒の沈黙が続いたのも覚えています。周りにいた友人は「日本人」であることは当然の友人であり、「大和系日本人」というような意味のズラシというか、視点のズラシなどはないためか、私も含めて言葉が見つからなかったのでしょう。いろいろな本やドキュメンタリー作品に本名宣言をする二世の心情にスポットライトを当てたものをみたことがあります。あれは、本名宣言というものの「名乗り」の側面のみが強調されて、「名乗られる」側は不在、もしくはお飾り程度なのは、ちよっとおかしいと感じていました。上記した私のささいな経験でも、確かに名乗りというか、この場合はもともと本名だったので通名の名乗りという、通常とは異なる名乗りでしたが、それ以上に名乗る相手であった友人側の沈黙の意味について考える必要があるのではと、過去の出来事ではありますが、個人的にではありますが「過去にならない過去」があります。そもそも、多くのマイノリティ問題(この問題設定には問題があるかもしれませんが)は、当たり前ですがマジョリティの関係で生じるのに、関係の片方に問題の所在を限定して描くようなところがおかしいのでは。差別問題も同様でしょう。この世の線引き、境界線に係わる問題は、マイノリティ・マジョリティという一つの線だけではなく、民族・性・階級・学歴・その他様々な線引きが複雑に絡み合っているので、一つのみ取り上げて被害者と加害者を固定してしまうと、他の線引きがそれによって隠蔽されてしまうところもあり、水戸黄門のような勧善懲悪物語では描けないでしょう。

  何かまとまりが悪い文章になりましたが、私の中で「過去にならない過去」シリーズはもっと充実させていければとおもいます。コメントもしにくい文章であることは承知しつつよろしくお願いいたします。また孤島の島にしないでくださいませ。失礼します。



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# by the-third-blog | 2005-03-23 00:27

孤島からの脱出?

昨日は、部屋の掃除をしたら収拾がつかなくなり、連続投稿もストップしてしまいました。これまで孤島のようなブログだった我がブログにも、二つのコメントが入りようやくスタンドアロン状態を僅かではありますが、脱することができました。ponta様、levekorea様コメント感謝申し上げます。
 
 この三連休は、娘の入学準備とそれにともなう部屋の整理で終わりました。ブログ旅も一時間もできず、投稿内容もネタがなく、こんなときは書かないほうがいいか、家族ネタになってしまうものです。前のブログに書いた「大和系日本人」について今日は若干考えたことをメモしておこうとおもいます。というのは、6歳と3歳のこどもがいるのですが、6歳の子どもの語彙の中に◎◎人という言葉がでてくるようになったこともありましてて、一体我々はいつごろから周りの人間を民族で分類したり、その関係の中で自分を◎◎人と同定していくのかという問題について、ちょっと考えてみました。娘の場合、保育園の同じクラスに台湾の両親をもち、台湾名で通うC君や、お父さんが日本人でお母さんが台湾人という友達(この二人は日本名)がいます。また、年下の暮らすには欧米系のお父さんをもつ子どももいたり、去年はフィリピンの両親をもつ先輩もいましたので、その名前から日本人/非日本人の分類をしているようです。ただ、どうみてもその分類が保育園での遊び関係で彼女にとって大きな意味があるようではなさそうで、◎◎人という民族カテゴリーよりは、◎◎ちゃんという個人のほうが重要のようです。韓国ブームもあって、テレビなどから、チェジウは韓国人だよとか、ブッシュ大統領はアメリカ人だよなどというようでもあります。気になるのは、いつごろからこの日本人/非日本人の分類が、友達関係の中で意味ある力として作用するのかという点ですが、ある人の大阪での事例を扱った研究論文では小学校の4、5年生ごろであったのを記憶しているのですが、それは友達のグルーピングがされる時期のようで、学校の中で外で誰と誰が遊ぶのかと係わるようです。小熊さんの本を読んでも、この日本列島に今のような「日本人」意識の成立は、ここ一世紀のしかも後半からあたりのような話でした。前にあの「朝までテレビ」を見ていたときも、戦前生まれの作家が「日本人意識はむしろ戦後違った形で、一億中流意識とあいまって広く強くなっている・・・」というようなことを言っていましたが、一見戦中の特殊な状況下、天皇制下の日本人より、戦後の方が多様性があって・・・とも安易に考えていたところも私にはあるのですが、そうでもなさそうですね。いろいろな本を読んでも、戦前はこの日本人意識を創るためにアイヌ・沖縄・植民地の人々が必要であったことが伺えます。ある在日の社会学者は、日本人の捕集合としての在日というようなことを以前書いていたのを読んだことがあります。

 そのような前知識のもとで、今回ブログの中で「大和系日本人」という言葉を目にしました。別にブログの中でのことですので、厳密な定義が必要なわけでもなく、もちろんないのですが、こちらの猟奇性を誘ったのは、なぜ在日の人たちのブログの中でこの言葉が必要だったのかということです。つまり、私が先日書いた文章で取り上げた人の何人かは帰化について語っていて、韓国系日本人という言葉もそこでは使われていました。帰化=同化といった図式が、双方に強い状況下での一つのアイデンティファイのあり方かなともおもいましたが、新井英一さんの「清河への道」との共通点も感じました。韓国系日本人/大和系日本人という区別が、どう展開するのかは、よく分かりません。ただ「日本人」という当たり前に疑問符を付すくらいの力はあるのかもしれません。私が、いくつかの在日の人(この書き方が適切とはおもえませんが)のブログを旅しながら、「大和系日本人」という言葉に反応してしまったのは、◎◎人であることが当たり前であり、全く疑問を挟む余地のない事柄である状況において、「大和系日本人」という用語は一部の三世の帰化について考える人々から発せられ流通するだけのものになってしまうのか、どこかもう少しこの怪しく猟奇的な用語から読み取ることは何かないのかと、一瞬ですがおもったからです。少子化、労働人口の不足から、今のような「日本人意識」の形は、数十年後まで持続できないでしょう。かといって、日本人意識を強化するための捕集合として非日本人というカテゴリーがこの日本社会の中で相変わらず戦前とは違った形で消費されていくのなら、この日本社会は単一とか多様とかいったことよりも、相変わらず「韓国系日本人」にとってはもちろんのこと「大和系日本人」にとしっても住みにくい生きづらい社会になていることでしょう。まあ、その時に隣にいる娘たちは、どうなっているのかちょっと気になりました。

 今回も長々とすみませんでした。お読みくださった方、ありがとうございました。失礼します。






 
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# by the-third-blog | 2005-03-21 21:52

今日の日帰り一人旅

昨日、ご訪問してくださった22名の方々にまずは感謝します。でもまだコメントゼロで、孤島のブログ状態です。置手紙よろしく。

コメントゼロが続くので、ちょっとおもしろいブログはどんなものか、またブログ旅行に出ました。といっても、30分くらいしかないので近場です。これまでみた面白かったブログ・・・・まず膨れに膨れ上がっている「お気に入り」をチェック。私のお気に入りは雑然としていますが、今日現在次のような分類・整理がなされていました。

①気になるブログ
②韓流ブログ
③お仕事関係ブログ
④在日な人々ブログ
⑤実用ブログ
⑥一時保管ブログ
⑦分類不能ブログ

といった感じです。
今のところのおもしろトップワンは、
ご利用はご計画的に。ですが、こんなにおもしろいものは私には作れません。背伸びせずに、自分らしいものをとも思いますが、何か若者の自分探しのようで嫌です。誰かのブログをパクる。でもいつかはバレル。

まあ、「ご利用はご計画的に。」を越えることはできないにしても、未だ見ぬブログ旅行の中でネタをさがしながら、自分の城を作っては壊す、これを繰り返していくことにします。今日はいい天気のようですね。それでは、初コメントを今日は今日はと期待しつつ、おやすみなさい。
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# by the-third-blog | 2005-03-19 06:07 | 二人の娘

ブログの旅--在日系ブログ編

大学時代ちょっと関心があり、ブログを旅しながら在日コリアン(呼称は様々)のブログをいくつかのぞいて見た。政治から日常まで、硬そうなものから柔らかそうなものまでいろいろとあり、やはりそれぞれがリンクしていて、ちょっと私の猟奇性に火がついた感じ。多分一番アクセスが多そうだったのが、コリアン・ザ・サード。三世のブログ。ブログということもあり、多くは二世から三世で、年齢は20~40代かな。男性も女性もあり。

私がこの二泊三日で旅したブログ名を羅列すると下記の通り。
コリアン・ザ・サード
Korean Japanese
あるコリア系日本人の徒然草
在日2.5世の時々なblog
在日コリアン、おきらいですか?
在日コリアンな暮らし
韓国・大阪・NZ
●ちまぶろぐ●
在日コリアンの嫁的日常
にんにく寫眞館

まだまだたくさんあるとおもいます。二泊三日なので、これしかまわれませんでしたというよりは、結構やわらかそうなものでも内容が濃くて魅力的でついつい読み進めてしまったため、たくさん回れませんでした。

今日は、旅先のみ記して、その旅行記は後日、綴りたいとおもいます。また、九つのブログを旅していて気になった言葉が「大和系日本人」。気になったので、カテゴリーに設定してしまいました。まだまだ内容が追いつかないブログですが、訪問者の皆様、見捨てずによろしくお願いいたします。未だコメント・トラバはゼロ。どなたか初侵入者になってください。


***

 追記  ここで勝手に「在日系」などと書いてしまいましたが、これは私の一方的で乱暴な分類です。それぞれのブログは十人十色状態でそもそも一つにまとめられないことは、10のブログを旅してくだされば理解していただけるとおもいます。苦しい言い訳でした。2005/3/30
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# by the-third-blog | 2005-03-18 10:50

日記の中の現在と過去

日記をつけたことは、これまでにも何回かあった。中学と高校のとき。それと大学院のときの留学中にも。留学中は、目的もあり期間限定ということだったので約二年間続いた。それ以外は、長くても二三ヶ月で途中下車。「どうして日記を書き始め、なぜ途中下車してしまうのか」という問いと、それにも懲りず「なぜまたブログをはじめるのか」という問いは、無関係ではないだろう。ティーンエイジャーの途中下車はもうどうでもいいけど、40オヤジの再乗車は何か一言必要かもしれない。また、いつ途中下車するかもしれないのに、25年ぶりにどうしてまたブログという日記もどきをするのか。

 前者とブログの違いの中で私に重要なのは、見知らぬ人に公開されているか否かという点。実は、もう一つブログをしていて、そちらは一部の友人も妻も、親戚もみているし、書き込みもある。このブログは第三者向け。公開される人が、分類上異なる。が、ここで言いたいのは、分類上の問題ではなく、何かブログ関係の関連書の中にあるその説明文。ある情報を年月日をつけて時系列に整理云々とかあるのをみた。確かにその通りで、このブログも投稿文章のすぐ上に投稿時間が自動的に付けられるようになっている。現在から過去を直線的に整理していくイメージかも知れない。現在を過去化するようなベクトルがある一方で、過去を現在化するようなベクトルもあるような気がする。二つのベクトルが絡み合うと、現在と過去の線引きもそう明確でなくなるように思えてくる。通常の時間の流れのイメージは、過去から現在という流れだが、それには何時何分何月何日という数値化と密接な関係があろろうが、もう一つの過去が現在化する、または過去にならない過去、過去にしたいけど過去にならない(例えばトラウマみたいな経験)があり、過去が現在を拘束しつつ、現在も過去を侵食しているような領域・・・。こんなこと考えてるから毎日が猟奇的になってくるのかも知れない。けど、41になってブログという汽車に再乗車したのは、多分前から気になっていたこの辺りの問題に、言葉を与えたかったからかもとおもう。過去と現在との関係が、ノープロブレムで解決済み、一直線で奇麗に整理できると信じきれるなら、ブログなぞ私には必要ない。もちろん、一直線上に整理して精神安定を得たいというのではなく(そもそもそんな試みはすでにティーンエイジャーのときに失敗した)、他人のブログを旅しながら、他の旅人たちがどのようにその問題と向き合っているのか、できるならとトラックバックなどして意見交換などということもしてみたいということになるのか。

  単に個人的問題の相談場所というものでもない。過去/現在という問題系は、やはりどこかで個人/社会という問題系とも絡み合っているから。最近の竹島/独島問題も、二つの問題系が魅力的に絡まりあっているように私にはみえたりする。歴史的な根拠をそれぞれが主張して、それぞれの過去の出来事の正当性を現在に引っ張り出し植民地問題その他もろもろの出来事を過去にさせないようにしているように見える。それに拉致問題で応酬するような輩もいたりする。他方「過激に反応する韓国と無関心な日本」という構図も気になる。「政治・歴史VS文化」という問題の再設定をしている人々もいるようだ。以前よんだ誰かの論文のタイトルが「文化の中の政治」というものだった。著者は忘れたけど、問題設定としては「文化の中の政治」「政治としての文化」という切り口も、竹島/独島問題にはおもしろそうだ。そんなことを考えつつ、もしヨン様の故郷が独島だったら・・・などと、猟奇的な想像をしてしまいました。知人が、どうして「あれが第二植民地(ちなみに第一は1910-1945)なのか」と私に聞いてきたが、私の経験では「秀吉の朝鮮出兵」とリンクするのだから、竹島/独島問題とのリンクなど特別奇異ではない。指きりパフォーマンスにしても、90年代の連続焼身自殺を知っている人には、それほどショッキングではないだろう。何か極端な議論だけが横行している気がするのだが、この際、徹底的に国際裁判すればいいとも思う。なんといっても、日韓で国レペル以外での交流が開始して15年くらいしかたっていないのだし、これまで本気で喧嘩もしていないし、同じ土俵の相手と思っていないところがあったのでは。もっとそれぞれの内部の多様性をからめて喧嘩しないと、何にも新しいことが出てこない気がする。

 どちらにしろ、今ホットなこの竹島問題から私的なことまで、ブログを旅して、過去と現在の関係を日付というマジックで解決済みにしてしまうのではなく(したくてもできないからいろいろと問題もでるのた゜ろうが)、違うマジックの可能性についても猟奇的に考えたいと思います。ただ、題材は、かなり暗いものになる傾向があるかもし知れませんので、無理にでもそうでないものを多く取り入れたいとはおもいます。

 あー、こんなどうしようもないつまらない文章しかかけない自分に自己嫌悪しつつ、今日は終了します。











 
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# by the-third-blog | 2005-03-18 07:23 | エンドレスな日常

自己紹介

年齢=41
性別=男
職業=教員もどき
家族=本人、妻、長女、次女
趣味=片付け
性格=自分ではよく分からない
やりたいこと=一人旅、一時的移住
やりたくないこと=家事
いきたいところ=シンガポール、シアトル、台湾、ブラジル、ハワイ・・・・
いきたくないこと=竹島(冗談)
住みたいところ=カナダ、オーストラリア、
これまで一年以上住んだところ=東京、埼玉、名古屋、長崎、ソウル
将来の夢=最近あまり考えてないけど、日本以外にも生活の場をもって往復生活すること
食べ物の好き嫌い=ないので困っている
2005年の目標=毎朝五時起床、毎日コツコツと地道にエンドレスな日々を生きる


  ・・・・・・・・

 少しずつ、項目を増やす予定。すいません明日早いので寝ます
 昨日、ご訪問くださった六名の方に感謝します・・・よろしければコメントを
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# by the-third-blog | 2005-03-17 23:35 | プロフィール

二等兵の贈り物

帰ってきて、二人の子供の世話もあり、寝静まったのが12時。ようやくパソコンの前に座り、設定開始。しかし、二等兵(三歳の次女)が寝られないと背中におんぶ状態である。このブログでは、あまり意識的に社会的なことには積極的には触れず、非常に個人的な、自分でも見たくない自分、それをここでは猟奇的な部分として、そこを書きたい。韓国映画『猟奇的な彼女』の猟奇性とは違うかも知れないが、ああいう猟奇的なところを何か表現できれば、もう少しは自分にきちんと向き合えるかもしれないという希望から。あと、独身時代、結婚して二人の生活、子どもが出来て三人の生活、次女が出来て四人の生活となる中で、自分の中の猟奇的なところも変わってきたかも知れない。あの映画を見るまで、私には猟奇的という語彙はなかったが、自分勝手に感じたあの猟奇性を自分の中に、家族の中に、社会の中に、目をふさがずに向き合えればとおもって、扉をひらくことにします。まだ書きたいのですが、二等兵がひざの上で寝たので、今日は撤収します。特に意味の無い写真は、二等兵の大切なラムネですが、早く床に就いてくれればあげるよと、持ってきてくれました。それでも、書き続ける悪い父親ですが、訪問なされた方、どうぞ時折またお立ち寄りください。d0004574_1101552.jpg
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# by the-third-blog | 2005-03-17 01:12 | 二人の娘

今日の夜に設定/デビューします

今は仕事中。今日の夜にデビューします。
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# by the-third-blog | 2005-03-16 13:53